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アメフト問題の雑感

目次

    日大アメフト問題で思ったこと

    こんにちは!フロントエンドエンジニアのキヨシ太夫です!

    今日は世の中を賑わせている日大アメフト問題について思ったことを書きたいと思います。

    あくまで個人的な感想です。

    それと日大アメフト問題についてというよりは、その問題のニュースを見て思ったことです。

    特定の誰かを批判するようなものではありません。

    日大アメフト問題で思ったこと

    日大アメフト問題とは

    大学アメフトの試合で、試合とまったく関係ないところで日大選手が相手選手にタックルをして怪我を負わせた事件。

    問題としては、怪我を負わせるために意図的にタックルをした点。

    そのタックルが日大監督の指示であった疑惑がある点があげられます。

    YouTube などで問題の映像も流され、明らかにスポーツの上でのファウルではなく傷害事件に近い行為であることが見て取れる。

    思ったこと

    とにかく人間とか日本人とかに失望ですよねw

    日本の教育の上で、倫理観や人間としての理性が養われていないんだなぁと感じました。

    人間は洗脳されれば非人道的な行為もできる。

    これは世の中の戦争でもなんでも歴史が証明していることだと思います。

    そしてその洗脳というのは、大なり小なりどの世界にもあって、教育という形になったり躾という形になったりブランディングだったり団結だったり、良い側面もあれば悪い側面もあると。

    そしてその洗脳の悪い面をコントロールするのが倫理観(これも一種の洗脳)だと考えています。

    今回の件の事実は知りませんが、相手選手に怪我を追わせろとおそらく監督から指示があり、それを実行したと。

    指示をしたとして、指導者としての監督に倫理観がないのは当然として、その指示に従った選手の倫理観も問題だと思います。

    なぜそれはおかしいと気付かなかったのか。

    仮に気付いていて、気付いていても断れないような空気のあるチーム(スポーツ?)なんて1日でも早く無くなった方がいいと思いますけどね。

    それとこのニュースが大きくなっている一因として、ニュースを見ている第三者が上から下へ理不尽な命令に従う自分を投影しているようにも思います。

    同じ状況に置かれていたら同じことをしたかもしれない。

    そう思う大人が多いから事件がおおきくなっているように見えます。

    でなければ、大学生が試合中に暴力事件を起こした。程度の事件で終わるのではないかと思います。

    洗脳のやっかいさ

    とまあ正論だけを書きましたが、やっぱり洗脳されている状況下で正しい判断を下すのは難しいなと思うわけです。

    正しい判断を下すには状況にもよりますが、客観的に物事を見る必要があります。

    で、洗脳されている状況下で客観的に物事を見るってそれ洗脳されていないじゃんと。矛盾があるわけですよ。

    それにアメフトに限らず、体育会系の大学生が就活で有利なのって、どんな命令にも従う(従いやすい)からという面がある以上、正しい判断を下せる(客観性をもつ)ことで企業から求められなくなると。つまり、企業も体育会系人材を雇いずらくなると。

    それは企業としても学生としても好ましくはないようにも思います。

    できることなら、越えてはいけない一線は判断できるけど上からの命令には基本的には従う

    そういう人材を育成していく必要があるのかなと残酷なことを考えてしまいますよねー。

    あ、もちろんこれからの時代は体育会系人材はテクノロジーに淘汰されて、よりクリエイティブな人材が求められていくという考えは個人的には持っています。念のため。

    大学の風景

    洗脳と教育の違い

    つきつめると洗脳と教育の違いはなんぞやとなると思います。

    でまあ洗脳も教育もプロセスは同じでしょうと。

    対象の知らないことを教え、知恵としてその教えたことをベースに生活させることでしょう。

    教える内容に嘘があるないでいうと、教育にも十二分に嘘はあります。

    そりゃ教える側も人間だから間違えるでしょう。

    基本的には、相手のためをベースに教えることが教育でそれ以外のために教えることが洗脳であると。これは様々な書籍でも書かれているコンセンサスかとは思います。

    でも相手のために教える教育って難しいですよね。

    ほとんどの教育者が誰かを教育する時って相手のためを考えているようで、実は自分のためを考えているようにも思うんです。

    例えば教師という職業は素晴らしい職業だから教師になりたい。

    こう考える人も多いと思います。

    この考え自体さほどおかしいとも思いません。

    ただ、やはり素晴らしい職業に就きたいのは自分であってそれは自分のためを考えているというのも事実かと思います。

    かといって自分こそが子供達に教育することが子供達のためになる

    と本気で考えている人が教育者として正しいかというと違和感を覚えます。自信は大事ですが、傲慢さと客観性を欠いていると思います。

    つまるところ現代教育の問題点はここなのかとも思います。

    教育に正解がなく、教育者が当然責任を負えるわけもないと。

    それにもかかわらず、教育を受ける側も教育に対して受け身になっていると。

    まあ日本人らしいし、平和な問題なのかもしれないですけども。。

    最後に

    思ったことを書いたはいいけど、なんの問題解決案も出ないまま今日は終わりますww

    世の中良くなりますよーに!

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